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むらやま徳内まつり
その昔私達の住んでいる村山市には「
村山まつり
」という<
仮装行列
>を主体としたおまつりがありました。
村山市で1番人口の多い楯岡地区の目抜き通りの商店街を持つ町内を中心に市内の企業、団体が参加する
各団体の趣向を凝らした仮装に惜しみない拍手と歓声が上がり、市内の小、中学生等の音楽パレードも祭り
に色を添え、夜には花火が夜空を焦がしていました。
じいちゃんに連れられ道路の縁石に座り、右手に持った「
どんど焼き
」 を食べながら仮装行列を見たのは
幼い頃、遠い夏の日のこと・・・。
いつしか回を重ねる毎「
村山まつり
」も内容のマンネリ化と集客力の低下は避けられずにいたと思う。村山市は
東に「
甑岳(こしきだけ)
」西に「
葉山(はやま)
」という2つの山に挟まれた土地で市の中心を山形県の母なる川
「
最上川
」が貫いていて、 そのためか選挙やなんやかで2つに分かれることも度々ありました。無論「
村山まつり
」
も楯岡だけのものと言う色合いが強く村山市全域の全市民が参加しての祭りでは無かったと思えます。
平成5年の村山まつり。その日わたしは消防団で祭りの警備に就いていました。いつもと変わり映えしない中
半分退屈 し、人混みを背に祭りを眺めていました。そんななか耳慣れないお囃子が聞こえ始め目に映ったのは
今までの参加団体とどこか違う山車と、右手に鳴子を持ち、威勢のよい掛け声と軽快なお囃子に合わせて踊る
「
厚岸ばやし
」 の一団だったのです。「ああ、こういうのも、いいね。」
村山市は蝦夷地の探索を行った郷土出身の「
最上徳内(もがみ とくない)
」が縁で
北海道厚岸町(あっけしちょう
)
と友好都市となり文化交流や厚岸町特産の牡蠣や昆布などを販売する「かきまつり」を村山市で行っています。
厚岸町には「
港まつり
」があり、そこの「
厚岸ばやし
」を「村山まつり」にご招待し踊りを披露していただきました。
翌年の平成6年。地元から3団体が初めて「
徳内ばやし
」として参加。このときはまだ「仮装行列」が主体でしたが
平成7年から「徳内ばやし」として、楯岡地区はもとより市内全域からの参加団体が増えていき、3,4年前より「仮装
行列」の参加団体数を「徳内ばやし」の参加団体数が上回り、名実共に「村山まつり」は「
むらやま徳内まつり
」として
生まれ変わったのでした。
「
徳内まつり
」になったことで本当の村山市民のおまつりということになったと言えるでしょう。昨年の参加団体数
16団体(山車を持つ団体)、踊り手とお囃子総勢2000名。観客動員数のべ92000人(徳内ばやし披露
時2日間で)
衣装は長半纏に鯉口シャツ、股引、足袋が基本形ですが各団体毎違います。みんな手に
鳴子
(なるこ)を持ち踊ります。
各団体毎に趣向を凝らした山車です。殆どの団体は手作りで、夜遅くまでかかって作り上げたところも少なくありません。
大太鼓、締太鼓、笛、鉄筒(てっつつ)、ちゃっぱ(シンバルの小さいみたいなもの)等でお囃子を奏でます。それに威勢良い掛け声も加わり祭りを盛り上げます。基本的にはメロディは一緒ですがテンポや前囃しの有無は各団体で異なります
そう、駅に降り立ったら、もうそこはおまつり広場!
ぜひ見に来てくださいね。
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